三種の神器


2006年09月24日
三種の神器
今後の歴史について、やはり気になることは三種の神器についてです。
なぜ、三種の神器を平家はもっていってしまったのか。
海に沈めてしまったのか。
この点を問うてみたかったのですが、平宗盛公のお答えはよく分かりません。

「三種の神器など聞いたこともない、そんなものはないし、もってもいない。」
「いつも私のせいにするが、私は越前の城に依頼し、敵の背後もつかせた、
討伐軍も出した。私の何に失態があろうか。」
と仰せになります。
これを思念している間にも顔が痒くなってきましたね、ちょと顔も紅潮してきました。
濡れ衣であると、かなりお怒りのご様子。
もうすこし深く探ってみましたが、平清盛公の気配を感じました。
いままで何度も考えても出てはきて下さらなかったのですが、
今回やっと来られました。
平清盛公は一の谷の合戦のときは、すでに亡くなっておられました。
頼朝公が決起したころに怒りの余り倒れられ、そのとき高熱を発して、
亡くなられてしまいました。
「我が息子たちは教養あるもの、そちらの無学を棚にあげ、
三種の神器などと物知りげな言で平家を悪し様に言うのは関心しません。
いいたき旨あれば私が答えましょう。」
「三種の神器、天叢雲剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉をもって三種の神器と言うか。
そも、その前提が間違っている。天叢雲剣は尾張氏の守り刀であり、
尾張一族が熱田神宮の奥深くに守り隠しているもの。それを持ち出そうとすれば、
尾張と戦になりましょう。八咫鏡は火災により焼け曲がり、祭事には仕えぬため、
伊勢神宮の奥深くに守り隠されたるもの、御所と伊勢の祭事にはそれぞれ、
代わり鏡が作られ、一枚ずつ治められているが、それは祭礼用の鏡であって、
神器ではない。」
「八尺瓊勾玉こそ朝廷の至宝にて、恐れ多くも安徳帝の元に置かれたるものである。
軽々しく三種の神器などと言うこと自体、無学を現すことである。」
「三種の神器なくば、天皇の地位に即位できぬと思うておるとのことだが、
そのような伝承はない。これまでも、そのような儀式はなし、
かくようもなくしても天皇の即位に障りない。何ゆえ、尾張氏の守り刀で
天皇家の命運が決まるのか、多少でも学識があればわかるものであろう。」
「天皇に即位するときに用いたるは、須賀利御太刀と内侍所の御鏡である。
いかようにも、源氏の無学者どもの入れ知恵であろう。無学者が
策をめぐらしても、所詮ことどほもなし、いと、わろしかな。」

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