鎮魂の祈り
2007年06月21日
鎮魂の祈り
12. Posted by ぐり~ん 2013年11月04日 15:53
>人間、うまくいきはじめたら、
>いい方向に歯車がうごきはじめたら、
>それを邪魔しようとする勢力が出てくる。
>それを跳ね返して、良い方向に進んでこそ、本当に物事が良い方向に進んでいくんですね。
>だから、物事が好転するには、
>障害がつき物なんですよ。
>それが、超えるべき壁なんです。
>それは、私でも、同じで、
>何度も壁に押しつぶされそうになりました。
>それが、人の人生だと思います。
>そして、乗り越えて生きていかねばなりません。
これなんです。この楠さんのコメントこそが、ここ8、9ヶ月間くらい私が苦しんできてる問題なんです。
このコメントは何度も読み返しています。
きっと私が乗り越えるべきテーマなんですね。
今、とある神社から書いています。
何年も前のエントリーに済みません。
でもこのコメントが本当大好きなんです。
ありがとうございました。
13. Posted by 楠乃小玉 2013年11月07日 08:07
ぐり~ん さん
私のかいたことが少しでも
お役に立てたなら幸いです。
ありがとうございました。
14. Posted by ぐり~ん 2013年11月08日 22:55
こちらこそ本当にありがとうございます。
あのあと、コメントを書いていた町田の小野路というところに鎮座する小野神社でちょっとした出会いがありました。
ここのところ実は神社を巡ってまた動きが出てきています。
私の友人の知り合いの女性の方が、東京府中市に鎮座する小野神社(祭神:瀬織津姫命)に参拝した時に神懸かりのようになってしまい、お託宣のような言葉を賜ったそうです。
それでその審神のような役を私が頼まれて、今度その方と会うことになっています。
もしご迷惑でなかったら楠さん、楠さんもその“ご託宣”の内容を読んでいただけないでしょうか?
尚、その女性の方というのは、いわゆる憑依体質ではあるらしいのですが、大学院まで出られて経済学者をなさっている至ってまともな方です。
どうも瀬織津姫命にご縁があるらしく、私の崇敬神社である多摩市の小野神社や、神戸の六甲などにも“お招き”を受けて参じられているとのことです。
この間は、「桜と菊の入った神紋が現れて気になって仕様がない」というようなことを言っていたそうで、その神紋に心当たりはないかと友人に聞かれましたので、それは大祓詞発祥の神社である滋賀県の佐久奈度神社(祭神:祓戸四柱の神)ではないかと私が言ったところ、その女性は今度私と会ったあと佐久奈度神社に参じられる予定にしたそうです。
そして、私もどうやらすっかりその奔流に入ってしまっているようなのです。
15. Posted by ぐり~ん 2013年11月08日 23:38
以下はその女性の方から預かった文面です。
「これは神様のお声なのか?
そこに居た何か霊の言葉なのか?
私が何かの霊に遊ばれていたのか?
ただの私の妄想なのか?
よろしかったら審神して下さい。
『まつろわぬ民たちの汚した後。
この者たちの後片付けが終わっておらぬ。
こののちのあり様を考えずと遣りしこと。
相手の立場になって考えれば、自ずと遣り様もわかったはずであろう。
ここまで来て、やっと出て来られるようになった。
そして還っていくこととしよう。
もう十分だ。還してもらいたい。
今少しの力添えを下さらぬか。
皆共々還りし時来たりて、道連れとなろうぞ。
祀られ皆の育つのを見守り、役割果たして来たが、そろそろ育つ者は育ち、無理な者は無理と、間が離れてきた。
育った者ら、上がり、育たなかった者残る。
この世の理。還して下され。
還るように祈って下され。
引っ張らぬとおいて下され。』
もし、本当なら、少しの力添えとはどのようなことなのでしょうか?
教えていただけたら幸いです。」
以上その方からお預かりした文章の引用終わります。
私にはこの文章を読んで思い当たることが多々あります。
楠さんからご覧になられてどうでしょうか?
ただの「化かされ」でしょうか?
それとも何か感じられることがおありになるでしょうか?
私は私の推測により確信が欲しいのです。
このような種類のことにおいては私には楠さんしか頼れる方がおりません。
勝手な頼みですが、もし何か感じられるものが有りましたらどうかお教え下さいませ。
よろしくお願いいたします。
16. Posted by 楠乃小玉 2013年11月10日 08:24
ぐり~んさん
非常に強いメッセージを感じますね。
ぐり~んさんがお感じになるなら
その感性に従って思われる方向に
お進みになったらいいと思います。
このメッセージは非常に強い
ご神託の意味を感じますが
国家の大局に関わるような内容なので
軽々にここで判断できるものではありません。
傾国の危機を大神が憂いておられる
気配を感じます。
国の中枢に良からぬものが入り込み
国家の体系が危うくなることへの
危惧があるように思います。
しかし、何か水ですか、水によって
分けられたため、穢れを払うことが
できない事への口惜しさのようなものを感じますね。佐久奈度神社も
当たっていると思います。
佐久奈度神社もこちらの小野神社も
何か水によって本来の力が発揮できない状況にあるという感じがします。
あと、イメージとして桜が咲いている
急峻な崖から人々が転がり落ちる
非常に陰惨な光景が目に浮かびましたね。
桜の咲く季節に何か国家の大勢に関わる大きな危機があるやもしれません。
その事をお案じになられているのかもしれません。
あくまでも私の頭に浮かんだ事なので
これをそのまま受け取られるのではなくご自分でもお調べになられ、最終的にはご自分のご判断を尊重なされるのがよろしいかと思います。
17. Posted by ぐり~ん 2013年11月10日 23:30
楠さんお見立て下さり本当にありがとうございます。
しかし、国家の大局に関わるそんな大事であったとは…
零感の私には、何となく古代の生贄祭祀に関わる遺恨、負の遺産が今に引き継がれていて、それについて自分が見知っている事をその方にお伝えしようと思っていたのですが、とてもそんなスケールではないですね。
楠さんの文章を読んで、腹のあたりにズンズンと響くものを感じました。
>しかし、何か水ですか、水によって
分けられたため、穢れを払うことが
できない事への口惜しさのようなものを感じますね。
穢れを祓うものである水がよりにもよってその障害となってしまっているとは…何という皮肉。
>佐久奈度神社もこちらの小野神社も
何か水によって本来の力が発揮できない状況にあるという感じがします。
「小野神社、水が障害」で思い当たるのは、多摩川です。
現在、瀬織津姫命を主祭神とする小野神社は、多摩川を挟んで北側(府中市側)と南側(多摩市側)の二カ所にごく近距離に鎮座しているのですが、元は一社でした。
多摩川が暴れ川であった為に、洪水などで何度も川沿いの村が壊滅的な被害を受け、神社も流されて遷座を繰り返した結果、現在の多摩川を挟む二座の形になったそうです。
二社とも式内論社です。
これをまた元の一社に統合しろということでしょうかね?
統合しないと本来のご神威を発揮できないと…
因みに、洪水が起こる度に人柱がたてられたりしたそうです。
一説にはその人柱の供養の為に瀬織津姫命が祀られたとも…
18. Posted by ぐり~ん 2013年11月10日 23:41
一方、佐久奈度神社の水の障害とは、ダム建設のため瀬田側沿いに鎮座していた本来のお社を今の地に遷座してしまった、ということでしょうか。
滋賀県の地理にはとんと疎いので検索によってこのことくらいしか分かりませんでした。
いずれにせよ、小野神社を一社に統合したり、佐久奈度神社を元の鎮座地に再遷座したり、というのは大変非現実的なことと思います。
そう思うとなんだかとても暗澹たる気持ちになります。
ちょっと自信を失い気味です。
尚、先日のコメントでその神懸かりした女性は「瀬織津姫命に導かれ」と書きましたが、それは間違いでした。正しくは菊理姫命だそうです。
彼女の曾祖父が田舎の小さな白山神社の宮司だったそうなのです。
瀬織津姫に導かれて六甲(廣田神社のこと?)などに参拝しているのは関西に住む彼女のお友達だそうです。
大変失礼いたしました。
できましたら今後もアドバイスをよろしくお願い致します。
19. Posted by 楠乃小玉 2013年11月11日 07:24
ぐり~ん さん
水の事で思い当たることは、
ちょっと書くのは躊躇したのですが、
「留めたるはすなあちよどむ」と
あったので、私もインターネットで
調べてダムの事かなと思ったのですが
それは今更どうしようもない事ですし、
頭の中に浮かぶのは福島の原発の
事なんですね。
現在政府はここに地下水を
溜め続けているんですが、
これを海に流して浄化するよう
訴えているように感ずるのですが、
それは、科学的根拠もなく
素人が言える問題ではありませんからね。
この水がたまり続けることにより
政府が危ういことになるという
意味もあるのかなあと思いました。
ただ、これは極めて重要な
問題であり、憶測で何かするよう
訴えるような事もできないなあと
おもって、最初、書かなかったしだいです。
20. Posted by ぐり~ん 2013年11月12日 22:38
楠さん、より具体的なお見立てありがとうございます。
水の穢れとは、例の地下水の「タンク」の事だったのですね。
私は瀬織津姫命というのは古代の雨乞い祭祀において、オロチの生贄祭祀に纏わる人身御供にされた巫女たちの習合した存在だと考えてましたので、そういった概要をお伝えしようと思っていたのですが、どうもそれどころではなくなって来たようです。
そして、
>(傾国の危機を憂いておられる)大神
さまとは瀬織津姫命様のことでしょうか?
だとしたら原発事故の穢れを浄化するお仕事をお引き受け下さっている神様も、やはり瀬織津姫命を始めとする祓戸四柱の神様なのでしょうかね。
楠さんは瀬織津姫命とはどのような神様であるとお感じになられますか?
尚、神懸かりした女性の関西のお友達が詣でる神社とは六甲ひめ神社というところだそうです。
ここで「お二人の神様が神上がりしたいと仰っておられる」との啓示があったそうです。
楠さんはこの神社のことはご存知ですか?
質問ばかりですいません。
21. Posted by 楠乃小玉 2013年11月13日 14:20
ぐり~んさん
福島の事に関しては私は専門家でも
ないですし、軽々に何か
言うわけには参りません。
ただ、神様は水を留めず海に
流せよ、さらば清められると仰せの
ように感じますが、私達素人が
そのような事を軽々に言うわけには
いきません。
あくまでも感じたことを書いたのであってそれを勧めるよう行動をする事とは
別だと考えております。
それは専門家のご決断にかかっていると
思います。
瀬織津姫命は川のせせらぎのような
イメージがありますね、しかし詳細については分かりません。
ひめ神社は存じ上げません。
ただ、頭のなかに、
「おっこうさん」「めっこうさん」
という言葉が浮かびました。
それから「ふるがみ」「うる」という
言葉が浮かびました。
イメージとしてはそういう感じです。
それ以上は分かりません。
22. Posted by ぐり~ん 2013年11月13日 23:22
いや楠さん、本当に無理いってすいませんでした。
そしてありがとうございました。
明日その方とお会いするのですが、やはり私の瀬織津姫命に対する考えを中心に、楠さんからお見立ていただいたことに関しては慎重にも慎重を期して申し伝えようと思います(楠さんの名前はお出ししません)。
しかし「うる」といえばあの宇留命様!
本当に驚きました。
この度のことでは大変お骨折りいただき、
重ね重ね深謝いたします。
23. Posted by ぐり~ん 2013年11月13日 23:33
追伸です。
「ふるがみ」は先の楠さんのコメントを読んで以来ずっと「古神(=古い神様)」と思っていたのですが、もしかして「布留神」かもしれないなと今思いました。
とすると石上神宮の主祭神であられる物部の布留大神様のことかもしれませんね。
瀬織津姫命と物部祖神・ニギハヤヒ命とは関係が深いとよく言われます(小野神社でもこのことがよくテーマに登ります)ので震えが止まりません。
本当に貴重なご助言をありがとうございました。
24. Posted by 楠乃小玉 2013年11月17日 05:20
ぐり~んさん
物部の大神のことでしたか。
私はそこまではわかりませんでした。
お役に立てたら幸いです。
25. Posted by ぐり~ん 2013年12月19日 03:04
こんばんは。
その後の経過をお話させて下さいませ。
その神懸かりした女性の方とは、11月中旬にお会いし、私の知っていること、楠さんから教えて戴いたことをお話しました。
その後、その方は11月下旬に関西に神社参拝に行かれ、帰京し、今月上旬に再びお会いしたのですが、そこで彼女から不思議なことを言われました。
曰わく、「〇〇さん(私のこと)あなた何者なんですか?私は奈良県では天川弁財天、兵庫県では家の祭祀筋に当たる白山菊理姫を祭る六甲山神社に行く予定でしたのに、2つとも行けなくなってしまいました。
奈良では〇〇さん(私)の仰った等彌(とみ)神社と登弥(とみ)神社、兵庫では神戸の友人が六甲山神社に案内して連れて行ってくれる予定でしたのに、突然『伊和神社に行きたくなった』とか言いだして、予定を変更して、やはりこの間兵庫ならここに行きたいとあなたが仰っていた伊和神社に行く羽目になってしまいました。私の予定が全部流れて、まるであなたの代わりを勤めるような旅になってしまいました…」
だそうです。
私にそんな霊力があるはずもなく、きっとその女性の方の方に物部ゆかりのご縁があったと思うんですけどね^^
ちなみに彼女は神戸の友人に、私から聞いた一連の話を話したそうなのですが、その中で宇留命様のことを知って最も喜ばれていたそうです。
26. Posted by ぐり~ん 2013年12月19日 03:24
続きです。
神懸かりした女性は愛知県犬山市のご出身なのですが、彼女の御家は、ご先祖は美濃国の加茂郡の豪族であり、戦国時代は織田信長に属していたそうです。
関西の旅のあと、今度は九州の糸島半島に参拝に行かれたのですが、そこで桜井神社という神社に行かれてそこで何か感得されるものが有ったということです。
「桜井神社」って、奈良県の桜井市となにか繋がりがありそうですよね。
また、彼女の姓がずばり「伊都」と関係していそうなことにも気づきました。
そして彼女は、帰京後まもなく伊豆山権現に参拝に行かれたのですが、「伊豆国の『伊豆』も伊都のことなのかもしれないなと思いました」等と仰っていました。
また、「役行者が気になる」とも。
27. Posted by ぐり~ん 2013年12月19日 03:50
さて、肝心の楠さんにお見立て戴いた「水」のことなのですが、
実は彼女の知り合いに、陰陽師の方がいらして、その方が政界にもパイプのある方らしいのです。
11月中旬にお会いした時にその話を聞いて、私は「きっとその方が然るべきところに話を通して下さるのだな、やはり何か上からのお力というものが働いて下さっているのだな。神様ってやはりすごいな」と思ったのです…
が、彼女が「水」の事をお話したら、その陰陽師さんは「流したら駄目でしょう」の一言だったそうです…
でも、今度は彼女はある出版社の方とお会いする機会があり、その時に例の話を切り出してみたそうです。そうしたら出版社の方は「流したら汚染されると言うけど、自然の浄化力ってすごいよね」と、ちょっと前向きな事を言ってくれたそうです。
結局、彼女は「どこかへ訴えかけるというのではなく、一人一人に話し続けて目覚めていく人達を増やしていくことが大切なんだなと思いました。そしてなによりも祈ること。」と仰っていました。
また「戦いは無意味です。」とも。
以上で経過報告を一旦終わります。
またなにかありましたらお知らせさせていただきますね。
長々とすみませんでした。
28. Posted by 楠乃小玉 2013年12月19日 16:53
ぐり~んさん
ざっとお話をお伺いしたところ、
伊和大神に縁のある方なのだろうなあと
思いました。
伊和大神は鴨氏の守り神で播磨は
鴨氏発祥の地と言われています。
この鴨氏が伊予国に向い、
大三島に大山祇神社を建立しました。
鴨氏が元々立てた播磨鴨の大山祇神社は
今はありませんが、播磨鴨から
播磨稲爪神社、そこから伊予国に
移動した旨河野氏の文献には書かれてあります。
また鴨の流れとしては京の賀茂別神社が
全国に荘園をもっており、この賀茂の荘園を太田と言って鴨太田祝が
守っておりました。また、鴨太田祝がたばねる
太部氏も関係があるような気がします。
あと、方月山と妻木氏が頭に浮かびましたね。
播磨鴨氏と何らかの縁があるのかもしれませんね。
水の事に関しては、人知を超える事柄ですし、軽々に結論は出せないでしょうし、普通に人の頭で考えたら、
常識で考えれば、流したらダメでしょうというお話になると思います。
ただ、後々、何が起こるかわからないので、多くの人の耳には入れておいたほうがいいとは思います。
こういう問題はあくまでも専門家が
判断する問題ですから軽々には判断は下せないでしょう。
29. Posted by ぐり~ん 2013年12月19日 22:06
楠さんありがとうございます。
伊和神社と播磨鴨郡とは結構距離がありますが、伊和氏も鴨氏なのですね。
かつて播磨土着の部族には、鴨(伊予)氏、赤石(伊勢)氏、針間(伊和)氏、新興勢力の尾張(伊都)氏、あと一つ不明の部族があるとのことでしたが、伊都氏以外の四勢力は基本的には同族ですかね。
また『播磨風土記』によると、伊和大神=大己貴命とのこと。
宇留命と播磨鴨氏の女性の間に神出にお生まれになったお方ですよね。
『同風土記』によると伊和大神と多紀理姫命との間に御子があり、これは味鍬高彦根命と高姫命のことと推論されてます。
すると、味鍬高彦根命=天火明命ということですよね。
この神は別名「迦毛大御神」の異名を持ち、天照大御神以外で唯一「大御神」の尊称が付くとても重要な神だそうです。
以前お話した、私の崇敬神社で、ある神の封印を解いた丹生都姫神社の祭祀家の子孫に当たる方は以前からこの神に注目しており、同神を祀る土佐神社に行きたいと話してました。
また、不思議なことに私がこの一年通っていた教会で一番仲良くなった友人が高知県の出身で、実家の真ん前がこの土佐神社なんです。
彼は物部の家筋だそうで、おそらく越智氏と私は推論しています。
そんな訳で私も何かご縁を感じます。
いずれにせよ、出雲国での出来事とされることが、(かつて教えて頂いていたこととはいえ)実際にはかなり播磨での出来事であったのだと実感を伴って最近分かるようになってきて驚きを禁じえません。
楠さんはこの阿遅鍬高日子根命=迦毛大神様をどのようにお感じになりますか?
30. Posted by ぐり~ん 2013年12月19日 23:26
大山祇神社といえば、私の家は旧仙台藩士だったのですが、家の遠祖は佐藤四郎兵衛尉忠信と言われております。
源義経に従って壇ノ浦まで平家と戦いに行ったのですが、その忠信公が奉納した武具が大山祇神社の宝物殿に収められているという話を聞いたことがあります。
伊予はとても興味深い国ですよね。
律令時代、伊予守と播磨守は数ある国守の中でも最も格式が高い国でした。
やはりこの日本という国の礎になっている国だからでしょうか。
あと伊予なら伊予津比古神社(だったかな)や大濱八幡大神社にも興味があります。
これもきっと播磨縁の神社だと思いますよ。
あと久米の本流が九州から伊予に移っているんですよね。
伊予来目部小楯という人が氏長者で、後に播磨の国守として赴任しているそうです。
一種の逆輸入みたいですよね。
子孫は山部氏となって、山部赤人に至るそうです。
31. Posted by 楠乃小玉 2013年12月20日 16:49
ぐり~んさん
阿遅鍬高日子根命=迦毛大神様が
鴨氏の礎を築いた神様だと思います。
そういう意味では伊和大神とは
親子関係ということですね。
前のコメントで仰っていた方が
伊和神社を訪れられたのは、
やはり地縁が賀茂の神田を守る
人々に連なっていたからではないかと
推察します。
所縁のつながりは賀茂氏をめぐる
つながりなのだろうなと思います。
32. Posted by ぐり~ん 2013年12月26日 11:30
おはようございます。
私の「所縁」や「つながり」って何なんでしょうか?
私の役割って、なんだかかつて楠さんをはじめ、色んな人から教えていただいて見知っていることや温めていた事を、人に伝える役ばかり回ってくるようなのですが(笑)
肝心の自分の「所縁」が見えてこない…
でも、どこで出会った人も自分と親密になる人は何故か鴨氏や物部繋がりだったりするんですよ。
上述した、高知出身の教会の友人も、元々の住まいは高知市の「播磨屋」という地域の出身で、江戸時代以前は、代々油問屋を営む名家だった方なんですよ。
「油」といえば、かつて楠さんが信長の小説でもかなり重視されていたテーマですよね。
坂本龍馬や武市半平太や岡田以蔵や、ジョン万次郎などはみな曾祖父の代くらいまでの知り合いで、司馬遼太郎の『龍馬が行く』にも友人の家は登場するそうです。
というか司馬さんがお家に取材に来られたそうです。
この他にも、教会ではどう見ても秦氏と思われる女性の友人も出来ました。
一体私って何者?
33. Posted by 楠乃小玉 2013年12月26日 16:24
ぐり~んさん
ぐり~んさんは十分にご自分の
役割を果たされておられると
思いますよ。
坂本氏に関しては、恐らく
近江坂本に所以し、元々は
明智氏に連なる者であると言われています。
明智氏の所領は美濃における石清水八幡宮の荘園であり、荏胡麻が生産されていました。明智氏はその荘園を守っていました。その一族である妻木氏が
多治見の辺りを領しており、その地域こそ、元々は賀茂郡であり、賀茂氏の
神田があった場所になります。
元々神道に縁深いつながりですね。
私の先祖も元々土佐の八木氏と
関係があるみたいですしね。
色々とご縁があります。
34. Posted by ぐり~ん 2013年12月28日 01:39
ありがとうございます。
そう言っていただけると勇気付けられます。
あと一応、小野神社で神懸かりした女性と、私が教会で知り合った高知出身の友人(男性)とは別人です。
それぞれは知り合いでも何でもないです。
なのに、「播磨」で繋がっていたり、「明智一族、坂本、油」で繋がっていたりと怖いくらいなんですよ。
ところで、この一年、私は教会に通いましたが、夏頃からやはり私は神道の人間だなあとはっきり自覚するようになってきました。
カトリックにはいるんですよ、預言者という人達が。
今は「先見者」と言うそうです。
文字通り“先を見る者”の意味です。
神道でいう巫(かんなぎ)ですね。
日本のカトリック界に30人くらいいるそうです。
本当はこれらのことはオフレコなんですけど…
彼らは定期的に集まり会合を開いていて、その中の代表が更にバチカンに呼ばれ、今度は世界中から集まった各国代表の先見者たちと会合を持ち、世界の先行きについて話し合うのだそうです。
そういう先見者がうちの教会にも出入りされるのですが、その方に言われていたんです。
「あなたは神道ですよ」と。
神道で行った方が幸せに前に進めるし、キリスト教と「両道」で行くと、両方の試練や苦しみを背負ってしまって大変になるよ、とも言われてました。
その時はキリスト教に夢中になっていたので、正直大きなお世話だと思っていたのですが、時間が経ってきてみると、確かに思い当たる節があるんですよね。
楠さんから見てどうですか?やはり教会と神社と両方に通うことはあまり良くないことでしょうか?
35. Posted by 楠乃小玉 2013年12月28日 10:31
ぐり~んさん
教会に通うことは、それはそれとして
何からの気付きを得るために
必要な事だったと思います。
今後は信仰は神道を旨とし、神社の
神様を尊び、キリスト教の
カトリックから受けたご恩の
心は忘れず、今後もキリスト教で
出会ったお友達は大切にすれば
いいと思います。
また、相手が何か困っている事があれば、
手助けをしてあげればいいと思います。
やはり、カトリックには
神の御言葉を受ける方たちがいたのですね。
ですから、まだカトリックは
反キリストの浸食を受けていないのでしょう。
アメリカのプロテスタントは
聖書の内容を信じていなくても
テストにさえ合格すれば牧師になれますので、反キリストやコミュニストが
偽装転向して入り込み、各国で
教会を荒らして回っています。
これこそ悪魔の使徒だと思いますが、
カトリックが中心にしてこれから
それら無神論者、反キリストと
戦っていかねばならないと思います。
その時、きっと日本の神道の力が
彼らの助けにもなるでしょう。
36. Posted by ぐり~ん 2013年12月29日 21:44
楠さんありがとうございます。
その先見者の方にも、「神道に重きを置きながらも、教会と神社の橋渡しのようなことをされたら良いと思います」というような事を言われているんです。
とかく両者は、一神教と多神教の違いだとか、違いの部分ばかりが強調されて、いがみ合いがちになる傾向がありますからね。
「本質の部分では同じですよ」と伝えていきたいと思います。
ところで、大伴家持公は自らの遠祖を、大久米主命とはっきり書かれていたんですね。
『紀記』では天忍日命や道臣の子孫となっていますが、久米と大伴の関係がどうにも気になっていました。実際は同族なのではないかと。
楠さんは古代・神話編の時から不思議と大伴「氏」や、高皇産霊神のことにはあまり言及されてはいませんでしたから。
神功皇后やタケミカヅチ命のお話が出る度に私はいつも大伴氏や、高皇産霊神がイメージとしてひらめいていたのですが、おかしいなあ、自分の感覚は間違いなのかなあ、とか思っておりました。
「久米氏の足跡は隠されている」ということときっと関係しているのだろうなとは目星をつけておりましたが。
それと大伴「連」も物部連と同じで合従連衡氏族ですね?
そして、両者の構成氏族は実際はかなり被る部分があるのだろうなと考えております。
37. Posted by 楠乃小玉 2013年12月30日 07:02
ぐり~んさん
大伴氏は柿本人麻呂とともに藤原氏に
警戒され、霊的にも文献的にも
藤原氏によって幾重にも隠されている
氏族です。よって、なかなか表には出てくるものではありません。
大伴氏が藤原氏から直接敵視された
切っ掛けは天武天皇を擁立した事に
あると思います。藤原氏は大友皇子を
推しており、この政争に敗れたことにより
多大な打撃を受け、以後、連綿と
大伴氏の衰退を狙ってきたものと
思われます。
元々は物部連、大伴連は日本の国防に
携わってきた合従氏族だと思います。
そして共に国をささえ、蘇我氏討伐にも協力してあたったのだと思います。
大伴氏は応天門の変によって没落しますが、大伴氏の没落は結局のちの
士族の台頭をゆるし、朝廷の権威失墜に繋がります。大伴氏が没落して
空白地帯になった地方に武家勢力が
割拠したともいえ、後の武家支配の
切っ掛けにもなります。これを討伐し、国家分裂、分権を阻止し、また
日本の国を統合しようと画策しつづけたのが藤原氏であり、尾張の神道勢力も藤原氏の影響を大きく受けています。かの織田信長も本来は藤原氏を
本称としていました。
38. Posted by ぐり~ん 2014年01月04日 12:08
なるほど、大伴氏は久米氏同様隠された氏族だったのですね。
壬申の乱において、久米方の天武が勝ったことが、それほど藤原氏にとってダメージを被る出来事であったとは驚きました。
久米と中臣・藤原は古くから昵懇の間柄だと思っていたものですから。例え一時的に敵対していたとしても、すぐに修復可能な範囲内だろうぐらいに考えていました。
また、大伴氏はその氏族としての存在感と反比例するように、鴨、葛城、阿倍、中臣、物部など他の古代から続く氏族と比べて、祀られる神社があまりにも少ないですよね。
普通はたとえ氏族は滅んでも、神社や祀られる神は残るものだと思うのですが、これも大伴が実際は合従連衡氏族だと仮定すると神社があまり見られないのも筋が通ります。
実際には大伴連の中の氏族は、個々に(氏族ごとに)その奉祭神を祀っているのでしょう。
また、柿本人麻呂は本当に謎の人物みたいですね。
そして要所要所で思わぬところでその痕跡が現れてくるというか。
特に持統女帝の事跡に絡んでいるのではないかなあという印象があります。
だとしたら瀬織津姫祭祀にも関係あるのかもしれません。
いずれにせよただの吟遊詩人ではなさそうですね。
梅原猛さんなども人麻呂について散々考察されていたみたいですが。
そしてそんな柿本氏も、難波根子武振熊命後裔の和邇・小野氏族ですよね。
稲爪神社のお側にも、人麻呂公をお祀りする神社がありますね。
39. Posted by 楠乃小玉 2014年01月04日 19:56
ぐり~んさん
そうですね、よくご存じで。
柿本人麻呂が流罪にされ移送される時
この地を通った時に歌を詠んだことに
ちなんで後に神社が建てられたようですね。
柿本人麻呂の神社が各所にあるのも
その和爾氏の血筋の呪術的側面を
恐れた部分があったのかもしれません。
流刑といえば、菅原道真もこの地を
通ったときに「駅長驚くなかれ時の変じ 一栄一落これ春秋」 と歌を詠んでいます。
40. Posted by ぐり~ん 2014年01月04日 22:54
>和爾氏の血筋の呪術的側面
私は昨日、町田市の小野路というところにある小野神社という神社に初詣に行ってきたのですが、ここのご祭神は小野篁公です。
篁公の数代後の子孫が武蔵守になって赴任した時に、この地に土着して先祖の篁公をお祀りする神社を建立した、とされています。
多摩市や府中市の小野神社とも近距離にあります。
篁公も閻魔大王と絡めた伝承を有するなど、呪術的側面が強そうなお方ですね。
また聖蹟桜ヶ丘という街に鎮座する金毘羅宮という小さな神社があるのですが、ここに参拝すると、なんだか神様が可愛がって下さる感じがするんです。
このお宮は高い丘陵の上にあり、今夏の未曽有の暑さの中、大粒の汗をかいて息を切らしながら急峻な階段を登って参拝したのですが、それまでずっと無風状態だったのに、拝殿前に着くなり大型扇風機から来るような風を拝殿の方から吹かして下さいました。
「金毘羅」はインドの言葉のクンビーラのことで、クンビーラとは「鰐」の意味ですよね。
日本の金毘羅さんは「鰐=和邇」のような気がします。
私は零感ですが、なにか要所要所で和邇・小野系の方々からお導きを受けているような感じがよくするんですよ。
またそう考えると本当にありがたいなあという気持ちになります。
41. Posted by 楠乃小玉 2014年01月05日 09:20
ぐり~んさん
関東には小野神社が多いですね、
東京都台東区の三島神社、元三島神社
がある中間地点にもたしか小野神社が
あったと思います。
ぐり~んさんは和爾氏、小野氏から
お導きを受けているのかもしれませんね。
和爾と言えば、宮主宅姫命の
元々の所領が京都氏の許波多神社の
周辺です。この許波多神社には
瓊瓊杵尊が祀られており、
坂上田村麻呂が参拝したという
逸話が残っています。
そういう点でも宇治に
つながっているのかなあと思ったりします。
42. Posted by ぐり~ん 2014年01月05日 21:18
はいもしお導きを受けられているなら本当に嬉しいです。
藤原氏の氏神は春日大社ですが、春日の地は元は和邇・春日氏の斎場だったわけですから、その線でも両氏は婚姻などの繋がりがあるのだと思います。
元三島神社は行ってみたい神社の一つです。
先月「加山雄三の悠々散歩」という番組でやってましたよ。
加山さんは小さい頃、元三島神社の境内が遊び場だったそうです。
あと、「軍師官兵衛第一回」見ましたけど面白かったですよ。
中でも、神社がたくさん出てきたのが嬉しかったですね。
広峰神社というのは、もしかして織田弾正忠家の尾張・津島神社と繋がりがあるのですか?
2007年12月19日
愛宕山のお坊さん
最近、忙しくて更新ができない。
夜中まで仕事をしていて煮詰まったので、宇多田ヒカルのtravelingを
かけたら、平家の亡霊がきて、いっしょに踊っていた。
小太鼓を早いリズムで、鼓をゆったりとしたリズムで
「おおのり」とのたまわってました。
外では、アスファルトの道を露払いの鎧武者が行進し、その後を姫様の
牛舎が続く。
扇をふりながら骸骨の兵たちが金色で梅の花の模様の扇を振りながら舞い踊る。
かなり好きみたいですね、この曲。
夜中になると、ときどき、この辺りを行列するらしいです。
この辺りは源平合戦の古戦場ですからね。
平家は雅ですね。
別段、危害を加えることはありません。
霊的な存在はどこにでもいるものですし、とくに、霊に対して、
願い事をしたり、頼ったりしなければ取り込まれることはありません。
よく、悪霊との契約というような事を言われますが、あれは、
願望を突きつけたり、要求をつきつける人間側が悪いのですね。
普通に、供養塔の前を通る時、日ごろから軽く会釈をして、前を
通っていれば、別段、何もしてきません。
ただ、霊にも霊格がありますので、神社の神様、平家の公達など
上層の霊とは平静につきあっていいですが、
それ以外の霊は無視が一番ですね。
「霊なんていないんだ。」くらいに思って生活していたほうが、
平静な生活をおくれます。
さて、話しはそれましたが、愛宕山です。
(以下略)
24.?Posted by いちから???2007年12月23日 11:29
お久しぶりです。
去年、神社の祭神、由緒、沿革等の説明書きを設置してよいか伺ったいちからです。
私の住んでいるとこはとても田舎でほとんど開発もされてないので、供養塔がいたるところに残ってます。私は怖がりなので、供養塔を目にするたび「なんだか怖いな~」と思っていたのですが、「供養塔の前を通る時、日ごろから軽く会釈をして、前を通っていれば、別段、何もしてきません。」という一文で、かなり気が楽になりました。
どうもありがとうございました。
27.?Posted by 楠乃小玉???2007年12月23日 23:34
いちからさん
供養等に関しては、
軽く会釈する程度でよろしいでしょう。
別段興味をもったり親しくすることも
ありません。
近所の方に会釈するのと同じことです。
素性がわからないものに関しては、
すこし距離をおいて、あまり興味を
もちすぎたり、関わることも
ないでしょう。
人間も霊も同じです。
近所付き合いと思って、
付かず離れずのお付き合いで
いいと思います。
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